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東京地方裁判所 昭和46年(合わ)157号 判決

被告人 加藤進

昭一二・一〇・三生 自動車運転者

中島功

昭二四・二・二七生 店員

主文

被告人両名をそれぞれ懲役三年に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一〇〇日をそれぞれ右各刑に算入する。

ただし、被告人両名に対し、この裁判が確定した日から四年間それぞれ右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、国選弁護人白谷大吉に支給した分は被告人加藤進の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人加藤は、福島県いわき市内の中学校を卒業後、常磐炭鉱に坑夫等として勤務した後、昭和四一年に上京し、爾来東京都世田谷区内所在の貸植木屋に自動車運転者として勤務し、その傍ら、昭和四四年春ころから、夜間、同都渋谷区内所在の飲食店に店員として勤務していたもの、被告人中島は、本籍地の中学校を卒業後、横浜市、名古屋市などにおいて、精密機械会社、電気器具店、商事会社、自衛隊等に勤務した後、昭和四五年一一月から同都渋谷区道玄坂一丁目一七番一〇号所在の中華そば店「来福」に店員として勤務していたものであるが、

第一、昭和四六年四月五日午前零時三〇分ころ、被告人中島は、佐々木正夫とともに飲酒して前記中華そば店「来福」前路上を通行中、同所で、同月三日夜右「来福」に来店し、同被告人を小馬鹿にする態度を示したマレーシア大使館二等書記官サムガン・ヴエテイ・ヴアデイベイル(当五〇年)に出会い、同人に対し、酔余の勢いもあつてその恨みをはらそうと考え、佐々木および折から飲酒して同所を通りかかつた被告人加藤に右事情を告げ、ここに被告人両名は佐々木とともにヴアデイベイルを殴打しようと意思を相通じて共謀のうえ、同日午前零時四〇分ころ、同区道玄坂一丁目二〇番九号寿駐車場前路上に同人を連行したうえ、被告人加藤が同人の身体を同所コンクリート塀に押しつけて、平手で一回殴打し、右膝で同人の腹部を一回蹴り上げたりし、被告人中島が手拳で数回同人の顔面を殴打し同人の首のあたりに手を廻して同人を引つぱり、その場に転倒させたうえ、靴ばきのまま同人の左腰部を一回足蹴りするなどし、両名がこもごも暴行を加え、よつて同人に対し、全治約四週間を要する左眼部打撲、両肩、右手、左腰部打撲擦過傷ならびに鼻出血の傷害を負わせ

第二、前記暴行後間もなく、前記場所付近において、転倒していたヴアデイベイルが立ち上つてふらふらと歩き出すのを認め、被告人加藤において、前記暴行を加えた際、ヴアデイベイルが暴行をやめてくれるよう哀願して被告人両名に差し示した財布が同人のズボンの左ポケツト中にあることを思い起して、右財布を奪取しようと考え、同被告人において「いい財布だなあ。」「このまま帰えすほうはない。」等と被告人中島および佐々木に申し向け、被告人中島らも右奪取の意図を了解し、ここに被告人両名は佐々木と共謀のうえ、被告人中島および佐々木がヴアデイベイルに追い付き、佐々木において同人のズボンの左ポケツトから同人所有の現金一、五〇〇円および身分証明書二通ほか数点在中の二つ折革製財布一個(時価二、〇〇〇円相当)を抜き取つて、これを窃取したものである。

(証拠の標目)(略)

(訴因と異なる事実を認定した理由)

一、検察官の主張する公訴事実は、「被告人両名は、少年佐々木正夫と共謀のうえ、昭和四六年四月五日午前零時四〇分ころ、東京都渋谷区道玄坂一丁目二〇番九号寿駐車場前路上において、サムガム、ヴエテイ、ヴアデイベイル(当五〇年)に対し、その周囲を取り囲み、「金を出せ、金あるだろう」などと申し向けて金員を要求し、こもごも手拳で同人の顔面を殴打し、腹部を膝で殴りつけ、同人をその場に転倒させ、さらに左腰部を足蹴にするなどの暴行を加え、同人の反抗を抑圧したうえ同人から現金一、五〇〇円および身分証明書二通在中の二つ折革製財布一個(時価二、〇〇〇円相当)を強取し、その際、右暴行により、同人に対し、治療約四週間を要する左眼部打撲等の傷害を負わせたものである。」というのである。

二、そこで、前掲各証拠によれば、判示のとおり、被告人両名が佐々木と共謀のうえ、被告人両名において、ヴアデイベイルに対し、殴打、足蹴り等の暴行を加え、傷害を負わせたことならびに右暴行後、同人から同人所有の現金一、五〇〇円等在中の財布一個を奪取したことが認められるので、まず、被告人両名が右暴行を加える際に財物奪取の故意を有し、右財物を奪取する手段として右暴行を加えたものであるかどうかについて検討するに、(証拠略)中には、被告人両名が、前記暴行を加える際、ヴアデイベイルに対し、「金を出せ。」「金持つているだろう。」あるいは「マネー、マネー。」等と金員を要求する趣旨の言葉を使用し、被告人両名および佐々木が金員強取の意を相通じてヴアデイベイルに対し前記暴行を加えたと窺える供述および供述記載がみうけられるけれども、前判示のとおり、被告人中島がヴアデイベイルに対し暴行を加えるに至つた動機は、もつぱら同人が、四月三日夜同被告人を小馬鹿にする態度を示したことに対し、酔余、遺恨を晴らそうとするためであつたと認められることならびに被告人加藤の検察官に対する昭和四六年四月二七日付供述調書および両被告人の当公判廷における各供述によれば、被告人両名がヴアデイベイルに対し金員を要求したことはなく、同人との間で金の話が出たのは、当初被告人中島がそば店「来福」前路上において金があれば食事にいい所に連れていつてやつてもよいがとからかい半分に問答をかわした際および被告人加藤がヴアデイベイルを殴打したのに対し、同人が財布を取り出した際のみであり、後者の場合も被告人加藤は「金じやない。」と言い、手を左右に振りあるいは押し返すなどの動作をも示して、財布を受け取ることをこばんでいること(この事実は証人佐々木の当公判廷における供述によつても認められるところである。)、特に被害者のヴアデイベイルの検察官に対する供述調書(二通、特に同年四月二二日付のもの)によれば、被告人らから「金を出せ」等と言われたことはなく、金の話が出たのは当初そば店「来福」前だけであつたこと(なお、ヴアデイベイルが日本語にさほど精通していたものとは認められないが、日常の平易な会話に用いる程度の日本語に通じていたことは右調書の供述記載ならびに被告人両名および証人佐々木の当公判廷における各供述によつて推認することができる。)等に鑑みると、被告人らがヴアデイベイルに対し金員を要求する言辞を用いた旨の前記各証拠はこの点において直ちに信用し難い(なお、証人佐々木正夫の当公判廷における供述のうち、被告人加藤および同中島がヴアデイベイルに対し金員を要求したことがあるかどうかに関する部分は、多分に尋問者に迎合的なところがあつて、心証を惹起し難い。)。(証拠略)によれば、被告人らがヴアデイベイルに対する判示暴行を加え終つた後、転倒していた同人が佐々木に助け起され前記そば店「来福」方向に歩きかけた際に被告人加藤が被告人中島および佐々木に対し、ことさら「いい財布だなあ。このままで帰えすほうはない。」と同人が先に差し出した財布を同人から奪取すべき旨の言辞を口外していることが認められるのであつて、このことをも合わせて考察すると、被告人らが判示暴行を加える際に財物奪取の故意を有し、右財物奪取の手段として右暴行を加えたものであるとは断じ難いところである。

三、さらに、被告人らが判示暴行を加え、傷害を与えたヴアデイベイルから、その暴行の直後に、同人のズボン左ポケツトより同人所有の財布一個を奪取した点について、強盗罪が成立するかどうかを検討するに、(証拠略)によれば、佐々木正夫は転倒していたヴアイデイベイルが立ち上つてふらふら歩いて行くところを被告人中島とともに追いつき、被告人中島が同人の前に立ちふさがり、同人に対し「財布を出せ。」「この野郎早く出すんだ。」と怒鳴りつけ、佐々木がおとなしくなつた同人のズボンの左ポケツトから財布を抜き取つたと述べているけれども、同人の供述にあらわれている財布奪取の状況は一貫して「財布を抜き取つた」というに終始するほか、ヴアデイベイルの検察官に対する同年同月二二日付の供述調書によれば、財布を抜き取られる際に怒鳴り声を聞いた記憶はないというのであつて、被告人中島が財布を出すよう要求したことを肯認するには合理的な疑いをさしはさむ余地があり、また、同人の右調書には財布を抜かれる際に両手で体にさわるなと二人を払つた旨の供述がみられるけれども、被告人中島および佐々木とヴアデイベイルの位置関係につき概括的に過ぎる嫌いを免れず、かつ、被告人中島が同人の前に立ちふさがつたとの点をも含めて、同被告人の強く否定するところであつて、ヴアデイベイルより直接被害状況に関する証言を得ることができない証拠関係のもとにおいて、これらの点もまたこれを肯認するには躊躇されるところである。加えて前掲各証拠によれば、被告人らが判示暴行を加えた後、佐々木が転倒したヴアデイベイルを助け起し、鼻血を拭つてやつていること、判示財布奪取の場所が判示暴行の場所から約一〇メートル離れていることをも考慮すると、ヴアデイベイルがふらふらと歩き出してから後は、同人は既に被告人らに反抗を抑圧されているという状況ではなく、また、被告人らからさらに暴行を加えられかねないという状況のもとにあつたものではないと認められるのであつて、被告人らにおいて、ヴアデイベイルが歩き出した後の時点において、同人が畏怖状態にあることを認識していたとしても、判示財布の奪取にあたり、あらたに同人に対し暴行、脅迫を加え、ないしは財布を出すよう要求したり、財布奪取のため同人の身体に手をかけて物色したり、あるいは同人の前に立ちふさがる等同人が畏怖状態にあるのに乗じまたはこれを利用して財布を奪取したものと認めることができる状況を肯認することができない以上、右財布の奪取が暴行、脅迫を手段としたものと同視するには躊躇するものがあるというほかはない。してみると、判示財布の奪取行為については、窃盗罪をもつて処断するのが相当である。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為は刑法第六〇条、第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は刑法第六〇条、第二三五条にそれぞれ該当するところ、被告人両名に対し判示第一の罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人両名をいずれも懲役三年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数のうちいずれも一〇〇日を右各刑に算入することとし、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判が確定した日からいずれも四年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、そのうち国選弁護人白谷大吉に支給した分は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人加藤に負担させることとし、被告人中島に対しては、同法第一八一条第一項但書により全部これを負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件犯行は、被告人両名がほか一名とともに深夜外国人に対しささいなことから立腹し、人通りのない駐車場付近路上の暗がりに連行し、判示のとおり、殴る蹴る等の暴行を加えて全治約四週間を要する傷害を負わせたうえ、同人から財布を奪い取つたもので、その犯行は酔余偶発的に犯したものとはいえ、その態様において執拗かつ悪質であり、なかでも、被告人中島は被害者が何ら抵抗する様子がないのにかかわらず、主としてくりかえし殴打などの暴行を加え、また被告人加藤は被告人中島の暴行をあおり、さらに、本件財布の窃取を積極的に企図し、被害者から窃取した財布に、同人所有の外交官身分証明書等が在中することを知りながら、これを自宅において焼却処分しているなどの点に徴すれば、被告人両名の刑責はともに重大であるといわなければならない。しかし、他面、被告人両名は本件犯行を深く反省し、改悛の情が顕著であり、被害者に対し、弁護人らを通じて慰藉の方法を講ずる努力をしていることが認められること、被告人加藤は、日ごろまじめに勤務しており、アルバイト先の雇主が当公判廷において今後被告人加藤の身柄を引き受け十分監督する旨述べていること、現在まで罰金刑以外の前科がないこと、また被告人中島はまだ若年であり、現在まで刑事処分を受けたことが全くなく、今後帰郷してまじめに生活する旨述べており、被告人両名はともに再犯の可能性が少ないと認められること等被告人両名にとつて有利に斟酌すべき事情をも総合して考慮すると、被告人両名に対し懲役三年の刑に処したうえ、四年間右刑の執行を猶予するのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

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